大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)1475号 判決

原告

中林啓二郎

被告

堀口淳

ほか二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金三〇〇〇万円及びこれに対する被告堀口淳については昭和六三年九月二一日から、被告寺嶋建設工業株式会社については昭和六三年九月一一日から、被告寺嶋英正については昭和六三年九月一三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、損害賠償金六三一八万一五八六円の一部として請求するものである。)

第二事案の概要

本件は、自動車と衝突事故を起こして負傷した原動機付自転車の運転者が民法七〇九条及び自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事件である。

一  (争いのない事実等。なお、特に証拠を引用した事実以外は、すべて争いのない事実である。)

1  次の交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

(一) 発生日時 昭和六二年一月一九日午後四時三〇分ころ

(二) 発生場所 神戸市西区櫨谷町福谷三九三番地の一先の県道小部明石線(以下「本件道路」という。)上

(三) 加害車 被告堀口淳(以下「被告堀口」という。)運転の軽四輪貨物自動車

(四) 被害車 原告運転の第一種原動機付自転車

(五) 事故態様 本件道路を南進してきた加害車と、本件道路東側から本件道路を右折進行しようとした被害車とが衝突した。

2  被告堀口は、本件事故の発生について過失があり、被告寺嶋建設工業株式会社(以下「被告会社」という。)は、本件事故当時、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、被告堀口及び被告会社は、原告に対し、連帯して原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  原告は、本件事故によつて右大腿骨骨折等の傷害を負い、次のとおり入・通院のうえ治療を受けた。

(一) 明舞中央病院に昭和六二年一月一九日から同年二月末日まで四一日間入院

(二) 偕生病院に昭和六二年三月二日から同年七月一九日まで一四〇日間入院

(三) 同病院に昭和六二年七月二〇日から同年一〇月七日まで通院

(四) 同病院に昭和六二年一〇月八日から昭和六三年三月一六日まで一六一日間入院

(五) 同病院に昭和六三年一七日から同年六月三〇日まで通院(通院実日数は(三)の分を含め合計九七日)(甲一)

4  原告は、偕生病院に入院中の昭和六二年三月一六日、同病院内一階ロビーに喫煙及びコーヒーを飲みに行つた際転倒して再骨折し、キユンチヤー釘が曲がつた(以下「本件転倒事故」という。)。

5  原告の症状は、昭和六三年六月三〇日をもつて固定したものと診断され(甲一)、右股関節の機能障害、右膝関節の機能障害、右下肢の短縮障害、右大腿骨の変形障害の後遺障害が残存し、右後遺障害は自賠責保険後遺障害等級七級に該当するものとの認定を受けた。

6  原告は、本件事故当時も現在も神戸市に勤務する公務員である。

7  原告は、本件事故による損害の填補として、被告らから合計金一五三六万七二二七円の支払いを受けた。

(内訳)

自賠責保険金九四九万円(七級の保険金)

治療費金九七万七五三五円(昭和六二年一二月三一日までの分)

その他金四八九万九六九二円

二  (原告の主張の要旨)

1  被告寺嶋英正は、本件事故当時、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していた。

2  原告の本件転倒事故は、医師の指示に従つて松葉杖使用中に発生した事故であるところ、かかる事故は、完全看護、ベツド上絶対安静をとらない以上、当然予想されることであり、また、転倒等の事故によりやむを得ず右下肢に体重がかかることも当然予想されるところであるから、医師としては、ギプス固定すべきであつたことになる。

そうすると、原告の本件転倒事故による再骨折は、医療事故というべきであり、本件事故と右医療事故は客観的に密接に関連共同しているから、共同不法行為の関係にある。

よつて、被告らは、本件転倒事故後の損害をも含め原告の被つた全損害を賠償すべき責任がある。

3  原告には、本件事故のため右下肢が五センチメートル短縮する後遺障害が残存しており、自賠責保険後遺障害等級七級が相当である。

4  原告の本件後遺障害は、その程度が重大であり、また、原告は、神戸市環境局に勤務し、家庭芥を収拾車で集める肉体労働に従事している現業公務員であつて、症状固定後は自己の努力によつて収入の減少を防止しているが、かかる職種に照らし、本件後遺障害によつて将来昇給や昇進等に際して不利益を被ることは明白であるから、本件後遺障害による逸失利益は肯定されるべきである。

5  本件事故は、原告が被害車を運転して、本件道路の東側に交差する道路から本件道路に右折進行しようとした際に発生したものであるところ、原告は、本件道路に進入するに当たり、別紙交通事故現場見取図(以下「図面」という。)の〈ア〉の地点で一旦停止したうえ、先ず右方を確認し、次いで左方を確認したが、原告の見通せる範囲に車両は認めなかつたため、発進した。ところが、右原告の視界の範囲外から加害車が時速約七〇キロメートルという予想外の高速で走行してきたために、本件事故が発生したものであり、本件事故は、加害車を運転していた被告堀口の制限速度違反、安全運転義務違反により惹起されたものであるから、原告に過失はない。

三  (被告らの主張の要旨)

1  加害車の保有者は被告会社であり、被告寺嶋は被告会社の代表者にすぎず、加害者の保有者ではない。

2  原告は、本件転倒事故が発生した昭和六二年三月一六日当時、医師からトイレに行く時以外は歩行を禁止され、医師及び看護婦は、入院時から、原告に安静を指示していたにもかかわらず、原告は、医師及び看護婦の禁止・注意を遵守せず、敢えて歩行したため本件転倒事故にあつたのであるから、原告の過失は重大であり、本件転倒事故について医師側の過失を問うことは困難である。

したがつて、本件転倒事故による再骨折のために生じた原告の後遺障害の増悪及びそのために必要となつた治療については、本件事故との間の相当因果関係を認めることができないところ、症状固定までの再骨折の寄与度は少なくとも五〇パーセントとみるのが相当である。

3  原告の現実の後遺障害(本件転倒事故による再骨折を前提として)は、右下肢の短縮の程度が四センチメートルの短縮にすぎないことに鑑み、〈1〉右関節の機能障害が自賠責保険後遺障害等級一二級七号、〈2〉右膝関節の機能障害が一二級七号、〈3〉右下肢の短縮障害が一〇級八号、〈4〉右大腿骨の変形障害が一二級八号、以上併合一〇級八号とするのが相当であるところ、本件転倒事故による再骨折がなかつたならば、原告の後遺障害は、〈1〉右股関節の機能障害が一三級九号、〈2〉右膝関節の機能障害が一三級九号、〈3〉右下肢の短縮障害が一三級九号、以上併合一二級と認めるのが相当である。

ところで、本件転倒事故による再骨折による原告の後遺障害の増悪分は、本件事故と相当因果関係がないから、原告の本件事故によつて生じた後遺障害の程度は、前記現実に発生している自賠責保険後遺障害等級一〇級を前提として、本件事故の寄与度をその五〇パーセントとみるか、あるいは、一二級該当と扱うべきである。

4  原告は、昭和二三年九月生まれの神戸市に勤務する公務員であり、症状固定後も減収が存在しないから、原告に後遺障害が残存したとしても逸失利益は認められないし(差額説)、仮に労働能力喪失説を採用したとしても、本件原告の場合のように、公務員で経済的な不利益が予測されない場合には、逸失利益は否定される。

なお、原告は、六〇歳で定年となるから、六一歳以降は公務員の給与を逸失利益算定の基礎収入とすべきでない。

5  本件事故現場は、交差点ではなく、被害車が本件道路の東側の路外から本件道路に進入するに際し、図面〈ア〉地点で一旦停止したものの、右方の注視義務を尽くさないまま飛び出したために本件事故を惹起させたものである。すなわち、原告としては、同地点から右方一〇〇メートルは見通すことができるのに、加害車の存在に気が付かなかつたということは、右方を確認しなかつたか、仮に確認したとしても不十分であつたものというほかなく、また、加害車が警音器を吹鳴したにもかかわらず、これに気付かなかつた過失もあり、一方、被告堀口としては、加害車が優先するから、被害車が停止しているのを認めたが、そのまま進行するのは当然であり、この点はなんら過失がない。

結局、被害車は、「路外車が道路に進入する場合」に該当し、過失割合を、被害車側七割、加害車側三割とするのが相当である。

四  (争点)

1  被告寺嶋は、加害車の保有者であるか。

2  原告の後遺障害の内容・程度

(一) 本件転倒事故による再骨折による損害は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められるか。

(二) 右(一)の相当因果関係が認められないとするならば、

(1) 原告の症状固定に至るまでの右再骨折の寄与度は、どの程度か。

(2) 右再骨折がなかつたとしたら、本件事故による原告の後遺障害の内容・程度はどのようなものになつたか。

3  損害額

特に、原告に後遺障害による逸失利益は存在するか、否か。

4  過失相殺

第三争点に対する判断

一  争点1(加害車の保有者)について

原告は、被告寺嶋も加害車の保有者である旨を主張するが、かかる事実を認めるに足る証拠はないから、原告の右主張は失当である。

よつて、原告の被告寺嶋に対する請求は、この点においてすでに理由がない。

二  争点2(原告の後遺障害の内容・程度)について

1  前記第二、一の事実及び証拠(甲一、二、一一、一二、乙二の1、2、三の1ないし20、四の1ないし58、五の1ないし72、六の1、2、七の1ないし57、原告、鑑定人渡辺良の鑑定(以下「本件鑑定」という。)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、本件事故当日である昭和六二年一月一九日、直ちに明舞中央病院に入院したところ、原告の本件事故による受傷は、右大腿骨骨幹部(中三分の一の部分)の横骨折で、粉砕された骨片を伴うものであり、右大腿骨骨幹部骨折と診断されて、キルシユナー鋼線牽引を受けた。

(二) 原告は、明舞中央病院に同年二月末日まで入院し、同年三月一日同病院を退院したが、右入院期間中の治療経過は次のとおりである。

一月三一日 右大腿骨のキユンチヤー髄内釘(以下「キユンチヤー釘」という。)固定術施行(なお、大腿骨髄腔幅は約九ミリメートル、キユンチヤー釘の直径は約九ミリメートル)

二月九日 松葉杖歩行開始、痛みなし

同月一四日 股関節屈曲九〇度

同月一八日 患肢爪先荷重

同月二四日 膝屈曲八五度

同月二五日 右下腿やや外旋

(三) 原告は、同年三月二日、偕生病院に転院のうえ入院したが、右入院時における骨折の治癒状況は、大腿骨二か所とも未だ骨癒合していなかつた。

また、右同日のX線像により、キユンチヤー釘が約五度屈曲していることも判明したので、主治医は、荷重歩行を中止したほうがよいと判断し、原告にその旨を説明し、「荷重をかけないこと。」、「歩き回らないこと」を遵守するよう指示し、さらに同月三日には、原告に対し、トイレに行く時以外の松葉杖による歩行を厳重に禁止するとともに、安静にしているように指示した。ところが、原告は、かかる主治医及び看護婦の禁止事項、指示事項をいつこうに遵守せず、喫煙、缶コーヒー購入、面会等のために、頻繁に三階の自己の病室から一階ロビーまで松葉杖ででかけていたため、主治医等から、度々「安静にしていなければ、キユンチヤー釘が曲がり、骨癒合が遅れるので、病院としては責任が持てない。」旨の警告を受け、かかる状況は、本件転倒事故の直前まで続いていた。

(四) 同年三月一六日、原告は、喫煙と缶コーヒー購入のため、松葉杖で一階ロビーへでかけ、前記病室に帰る途中、当時雨天のため病院内の床が濡れていて滑りやすい状態になつていたところから、滑つて転倒し、右下腿を打撲して再骨折してしまつた(「本件転倒事故」)。

原告は、以後同年七月一九日まで同病院に入院していたが、その間の治療状況は、以下のとおりである。

三月一七日 右大腿腫張し、あつれき音あり

キユンチヤー釘の折れ曲がりが増強し、その屈曲は約一二度

四月二一日 ギプス固定、キユンチヤー釘の屈曲は約一三度

六月一六日 X線像で仮骨形成の兆候が認められたので、ギプス除去キユンチヤー釘の屈曲は約一五度

七月一四日 膝屈曲五〇度、膝伸展〇度

X線像で仮骨が認められたため、松葉杖歩行により外来で経過観察することとする

(五) 原告は、同年七月二〇日から同年一〇月七日まで偕生病院に通院し、同年一〇月八日から昭和六三年三月一六日まで同病院に再入院し、その後、さらに同年六月三〇日まで通院した。その間の治療状況は、以下のとおりである。

八月二五日 膝屈曲八〇度、X線像で仮骨増加を認める

キユンチヤー釘の屈曲は約一七度

一〇月七日 大腿骨変形のまま、キユンチヤー釘が入つたまま骨移植を施行することにする

同月一二日 偽関節手術、骨移植術施行、ギプス固定

昭和六三年二月一六日 X線像で仮骨形成が認められ、骨折部の癒合は良好

四月一二日 X線像で骨癒合良好と判断され、体重の三分の一負荷可能となる

五月一〇日 膝屈曲七〇度、体重の二分の一の負荷可能となる

五月三一日 全体重負荷可能となる

六月二七日 膝屈曲八〇度、右片脚起立可能となる、跛行あり

(六) 原告の本件後遺障害は、昭和六三年六月三〇日、偕生病院において症状固定の診断を受け、次の後遺障害が残存した。

(1) 自覚症状 右下腿の疼痛並びに運動障害及び下腿の短縮あり、右大腿の変形あり

(2) 他覚症状及び検査結果

〈1〉右大腿骨の前外方凸の変形あり

〈2〉右股関節並びに膝関節、足関節の運動障害を認める。

〈3〉右下腿の筋萎縮あり、筋力は半減

〈4〉右下腿に五センチメートルの短縮あり

そして、右後遺障害は、自賠責保険後遺障害等級七級に該当するものと認定された。

(七) 本件鑑定によると、原告の本件転倒事故による再骨折がなかつたならば、(1)原告が本件事故によつて受傷した右大腿骨骨幹部骨折は、昭和六二年七月末日ころには骨癒合が良好となり、全体重を負荷しての歩行が可能となつたこと、(2)そして、骨折部は短縮し、約五度屈曲して変形癒合を起こしたと考えられ、それによる全体としての骨の短縮は約二・五センチメートルになつたものと推定されること、しかしながら、原告が、本件転倒事故によつて再骨折した結果、(3)再骨折のために骨折部の屈曲変形が強くなり、骨の癒合までになお約六か月を要し、その間に骨移植術を必要としたことを考慮すると、右再骨折後昭和六三年六月三〇日の症状固定までの治療経過における前記再骨折の寄与度は五〇パーセント、従つて、本件事故の寄与度は五〇パーセントと考えられること、(4)原告の前記再骨折がなかつたものと仮定し、短縮と約五度の屈曲変形を残して骨癒合が起こつたとするならば、大腿骨の短縮は、理論的に約二・五センチメートルとなり、したがつて、原告の右股関節及び右膝関節の拘縮は軽度であつたと推定されるので、その後遺障害の程度は、〈1〉右股関節の機能障害が一三級九号に、〈2〉右膝関節の機能障害が一三級九号に、〈3〉右下肢の短縮障害が一三級九号にそれぞれ該当すると認めるのが相当であること、が認められる。

2  右1で認定した事実によれば、原告は、本件転倒事故によつて再骨折しなければ、本件事故による右大腿骨骨幹部骨折は昭和六二年七月末日ころまでに骨折部の骨癒合が良好となり、全体重を負荷しての歩行が可能となつて、やがて症状固定となつたこと、また、後遺障害である右股関節及び右膝関節の拘縮も軽度にとどまつていた筈であること、しかるに、前記再骨折のため、骨折部の屈曲変形が強くなり、そのための治療と骨癒合が遷延し、ようやく昭和六三年六月三〇日症状固定となり、後遺障害も増悪したことが認められるから、右症状固定時における原告の後遺障害の程度は、前記再骨折の存在及びその影響のためにより重くなつており、結局、右症状固定の時点における原告の損害は、本件転倒事故による再骨折によつて拡大した損害部分を包含していることが明らかである。

3  ところで、原告は、本件転倒事故による再骨折は医療事故というべきであるから、本件事故と右医療事故は、客観的に密接に関連共同しており、両者が共同不法行為の関係にある旨を主張している。

しかしながら、前記1で認定した事実によれば、原告は、偕生病院に入院の当初から、主治医及び看護婦より、トイレに行く時以外の松葉杖歩行を厳禁され、常に安静を保つよう指示されていたにもかかわらず、喫煙、コーヒーを我慢することができず、右禁止・指示を無視して、頻繁に三階の病室から一階ロビーまで松葉杖歩行を繰り返し、その間、主治医等から警告を繰り返されていたこと、そして、かかる状況のもとで本件転倒事故は発生したことが認められるから、本件転倒事故の発生について主治医等病院側になんらの落ち度はなく、本件転倒事故は、もっぱら原告の過失により発生したものであつて、いわば原告の自損行為というべきであり(昭和二三年生まれの大人が、前記禁止事項及び指示事項を遵守できないこと自体、問題というべきであろう。)、本件事故と本件転倒事故が共同不法行為の関係にある旨の前記原告の主張は、とうてい採用することができない。

4  そうすると、原告の損害のうち本件転倒事故による再骨折によつて拡大した損害部分は、原告の過失によつて不当に拡大したものにほかならないから、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできず、したがつて、被告堀口及び被告会社は、本件転倒事故発生後の損害については、前記症状固定時までの治療経過における本件事故の寄与度の範囲で賠償責任を負い、また、後遺障害に基づく損害については、自賠責保険後遺障害等級七級を基準とするのは相当でなく、本件転倒事故による再骨折がなかつた場合のそれを基準として賠償責任を負うにすぎないものというべきである。

そして、前記1で認定した事実に本件鑑定を総合すれば、原告の本件転倒事故による再骨折後症状固定時までの治療経過における前記再骨折の寄与度は五〇パーセント、したがつて、本件事故の寄与度は五〇パーセントと認めるのが相当であり、また、右再骨折がなかつたならば、原告の本件事故による右大腿骨骨幹部骨折による後遺障害の程度は、自賠責保険後遺障害等級一二級に相当するものであつたと認めるのが相当である。

三  争点3(損害額)について〔請求額金七三六四万九一二一円〕

1  治療費 金六四万一九五七円

(一) 昭和六二年一月一九日から同年一二月三一日までの分

金九七万七五三五円(争いがない)

(二) 昭和六三年一月一日以降同年三月一五日までの健康保険自己負担分

金二八万一八七〇円(甲三)

(三) 昭和六三年三月一六日から同年六月三〇日までの分

金二万四五一〇円(甲四)

以上合計金額は金一二八万三九一五円となるところ、本件事故後本件転倒事故前までの治療費の額を認めるに足る証拠がない以上、前記二4の認定・説示に照らし、本件事故と相当因果関係の認められる治療費は、右合計金額の五〇パーセントに当たる金六四万一九五七円(円未満切捨て、以下同様)と認めるのが相当である。

2  入院雑費 金二五万八〇五〇円

入院雑費は一日金一三〇〇円が相当であるから、本件転倒事故発生の前日までの入院期間である五五日間分については金七万一五〇〇円(一三〇〇円×五五)、本件転倒事故発生後の入院期間である二八七日間分については、前記二4の認定・説示に照らし、三七万三一〇〇円(一三〇〇円×二八七)の五〇パーセントに当たる金一八万六五五〇円が相当であるから、これらを合計すると金二五万八〇五〇円となる。

3  休業損害 金一七万三六〇五円

(一) 給与分 金九万一四九〇円

原告は、神戸市環境局業務部垂水事業所に勤務する公務員であるところ、昭和六三年二月一日から同年六月三〇日までの期間、休業のため合計金一八万二九八〇円給与を減額された(甲五の1、六、七、原告)。

ところで、右休業期間は、本件転倒事故の発生した昭和六二年三月一六日以降のものであるから、本件事故と相当因果関係のある休業損害は、前記二4の認定・説示に従い、右減額分の五〇パーセントに当たる金九万一四九〇円と認めるのが相当である。

(二) 賞与分 金八万二一一五円

原告は、昭和六二年一二月二日から昭和六三年六月一日までを対象期間とする賞与が、その間の休業のため金一六万四二三〇円減額された(甲八、原告)。

右対象期間及び休業期間についても右(一)と同様であるから、本件事故と相当因果関係のある休業損害は、同様に、右減額分の五〇パーセントに当たる金八万二一一五円と認めるのが相当である。

4  後遺障害による逸失利益 金一四二九万五五三四円

(一) 原告は、本件後遺障害により(本件転倒事故による再骨折がなかつたとした場合における後遺障害の内容・程度によるべきことは、前記二4で認定・説示したとおりである。)、次のとおり金一四二九万五五三四円の得べかりし利益を喪失した。

(1) 原告の本件事故三年間の平均年収 金五九二万九四一〇円

(甲五の2、九、一〇、原告)

(2) 原告の就労可能年数 二八年(その新ホフマン係数一七・二二一一)

(3) 労働能力喪失率 一四パーセント

(4) 計算式 五九二万九四一〇円×〇・一四×一七・二二一一

(二) もつとも、被告らは、原告は公務員であつて、その収入に関しては、症状固定後も減収がなく、かつ、経済的不利益も予測されないから、後遺障害による逸失利益は認め難い旨を主張しているところ、原告の給与は、症状固定後も減少のないことが窺われなくはない(原告、弁論の全趣旨)。

しかしながら、原告の本件後遺障害の程度は、必ずしも軽微とはいえないうえ、証拠(原告)によれば、原告は、神戸市環境局に勤務する現業公務員であつて、毎日家庭芥を収拾車で収拾する業務に従事していること、現在、本件事故による後遺障害にもかかわらず、芥のステーシヨンからステーシヨンへの移動の際も、距離が短い場合には同僚より先に移動するなどして、迷惑をかけないように努力を続けていること、しかしながら、原告の従事する職種に鑑み、本件後遺障害のために、将来の昇進及び昇給に不利益を被るおそれは十分予測されること、以上の事実が認められ、したがつて、将来における収入の減少が認められないとは断言できない以上、原告については、その労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認めるのが相当である。

よつて、この点に関する被告らの前記主張は失当というべきである。

また、被告らは、原告の逸失利益を算定するに当たり、公務員として定年を迎えた後の六一歳以降の収入については、公務員としての給与を基準に算定すべきではない旨を主張するが、逸失利益の算定の基礎となる原告の収入については、症状固定時における収入で固定し、将来の増収分(昇給等による)をまつたく捨象しているのであるから、たとえ、公務員としての定年後の就労可能期間について右症状固定時における公務員給与を基準に算定したとしても、あながち不当に高額な逸失利益を算定することにはならないというべきである。被告らのこの点に関する主張も採用することができない。

5  慰謝料 金五〇〇万円

以上認定の諸般の事情を考慮すると、金五〇〇万円が相当である。

四  争点4(過失相殺)について

1  証拠(乙一、検乙一ないし三、原告(一部)、被告堀口淳)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故現場の状況は、図面記載のとおりである。

本件道路は、幅員約六・一メートルのごくゆるいカーブのアスフアルト舗装道路であつて、最高速度が時速五〇キロメートルに制限されているが、原告、被告堀口とも前方の見通しは良好であり、原告からの右方の見通しも良好であつた。原告が本件道路に進入するために走行してきた通路部分は、本件事故現場の東側にあつて本件道路に面して存在している柳瀬宅の敷地の一部であつて、路外に該当し、本件道路と交差する道路とは認め難い。

(二) 被告堀口は加害車を運転し、図面記載のとおり、本件道路の東行車線を時速約七〇キロメートルで東進していたが、図面〈1〉の地点(以下に記載する符号は、すべて図面上に記載されている地点を示す。)に来た時、前方約五九・一メートルの〈ア〉の地点に被害車が停止しているのを認め、そのまま約九・六メートル進行して〈2〉の地点に来た時、〈ア〉地点に停止している原告が加害車の進行方向を見ていないように思われたので、原告の注意を換気するために警音器を二、三回吹鳴しながら、前記速度のまま反対車線寄りにさらに約一四・二メートル進行したところ、被害車が本件道路の中央部付近の〈イ〉の地点へ向かつてゆつくりと進行しているのを認め、危険を感じて急制動の措置を講ずるとともに、右に転把して反対車線の方に避けようとしたが、間に合わず、被害車と衝突した。

なお、〈1〉の地点からの被告堀口の前方見通しは、約一〇〇メートルであり、同被告が、〈2〉の地点で警音器を吹鳴した時、〈ア〉の地点に停止していた原告はこれに反応を示さなかつた。

他方、原告は、被害車を運転し、前記柳瀬宅への新聞配達を終えての帰り、図面記載のとおり、右柳瀬宅の敷地内から本件道路を右折進行するべく、〈ア〉の地点で一旦停止をした後、右方の安全確認を十分しないで本件道路の中央部付近の〈イ〉の地点まで進入したため、加害車と衝突した。

なお、〈ア〉の地点からの原告の右方見通しは、約一〇〇メートルであつた。

(三) 原告は、〈ア〉の地点で一旦停止して、左右の安全確認をしたが、加害車が原告の視野の範囲外から予想外の高速で進行してきたために本件事故が発生した旨を主張し、原告本人もこれに添う供述をしている。

しかしながら、右(二)で認定したところによれば、〈ア〉の地点における原告の右方見通しは約一〇〇メートルであり、また、加害車の走行速度は時速七〇キロメートル、したがつて秒速一九・四メートルであつて、被告堀口が〈1〉の地点で〈ア〉の地点に停止している被害車を認めてから本件事故が発生するまでの時間は、約三秒であり、被害車が〈イ〉の地点に向かつて進行を開始してから本件事故が発生するまでの時間は三秒よりさらに短いことが認められるところ、仮に、原告が視界内に加害車を認めなかつたので、〈ア〉の地点から〈イ〉の地点への走行を開始したと仮定するならば、右走行開始後加害車と衝突するまで五秒以上を要することとなつて(一〇〇÷一九・四=五・一五)、極めて不自然な結果となるから、原告の前記供述は信用することができず、他に原告の前記主張を認めるに足る証拠はない。

2  被告堀口は、約五九・一メートル手前で停止している路外車たる被害車が本件道路に進入しようとして一時停止しているのを認めたのであるから、加害者の速度を減速しつつ被害車の動静に十分注意して進行すべき注意義務があるというべきところ、被告堀口はこれを怠り、前記認定のとおり、警音器を吹鳴しただけで漫然と時速七〇キロメートルで走行したために本件事故を発生させた過失がある。

他方、道路交通法二五条の二は、道路外への施設又は場所に出入りするための左折又は右折を交通の流れにさからう運転操作として規制しているところ、原告は、路外から公道である本件道路に進入して右折するに当たり、右方の安全確認を十分に尽くさないまま、本件道路に進入したため、本件事故にあつたのであるから、原告にも過失があるというべきである。

3  双方の過失を対比すると、原告の損害額から六割を減額するのが相当である。

したがつて、被告堀口及び被告会社各自が原告に対して賠償すべき損害額は、金八一四万七六五八円となる。

五  損害の填補 金一五三六万七二二七円

原告が損害の填補として受領した金員を控除すると、原告の損害はすべて填補され、むしろ被告らにおいて過払いとなつていることが認められる。

六  弁護士費用〔請求額金二三〇万円〕 〇円

第四結論

以上のとおりであるから、原告の請求はいずれも失当として棄却されるべきである。

(裁判官 三浦潤)

別紙 〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例